仕方のないがないんだろう 俺だつて绝望だよ

※相変わらず捏造上司が出てたり戦争ネタや時事ネタがあるので苦手な方はご注意下さい。
 この無言の空間が気まずくて耐えられない。予想もしていなかったトライアングルに胃に穴が開きそうだ。どうにかしてこの状況を打破したいのだが、解決策が全く思い浮かばず私は途方に暮れていた。
 一体何があったのか、と問いかけている上司の視線を痛いほど感じるが、ロシアさんがいる前でどう説明すればいいのだろうか…。
 これは正当防衛なんです。ロシアさんが先にケンカ売ってきたんです。そういえば、ドサクサに紛れてセクハラまがいのこともされたじゃないですか!ああ…思い出したら鳥肌が立ってきました…!
 言い訳が頭の中をぐるぐると回っているが、結局は何一つ口に出して言うことが出来なかった。
 そのうえ、あの大きな身体に囚われた感覚までもが甦る。口づけられた部分から…冷たく甘い毒に侵されていく気がして私は軽く手首を擦り、気まずい顔で口をつぐんだ。
「…露国殿。我が祖国の無礼お許し下さい」
 私は驚いて顔を上げた。何も答えられない私を見て埒があかないと思ったのか、上司はロシアさんに視線を戻し謝罪の言葉を口にする。子の不祥事を親が代わりに謝るかのようなその姿を見て私はさらにうろたえる。
 どんな理由があろうとやはり先に手を出してしまったのは拙かった。私の迂闊な行動のせいで上司に頭を下げさせてしまったことが申し訳なくて仕方ない…。
「ううん、気にしてないからいいよ。僕も少し悪ふざけがすぎたみたいだからさ。ケンカしてた訳じゃないんだよ?」
 そう言ってにこにこと笑っているロシアさんを見てると「この野郎…!!」という気持ちが沸々と湧き上がってくる。
 あれが悪ふざけで済みますか!!しかも私の上司にまでその上から目線は何なんですか?!ああ、もうあの胡散臭い笑顔にもう一発ぶち込んでやりたい…!!
 そう思いながらも、手を出してしまったことを今さっき反省したばかりではないか、と必死に言い聞かせ私は震える拳を握りしめた。
「じゃあ僕そろそろ戻るね。お休み、日本君。あ、明日の朝8時にエントランスで待ってるからね」
「え?!」
 明日の約束のことはすっかり頭から飛んでいたが、どうやら無効にはなっていないらしい。こんな気まずい出来事があったというのに、やはりこの人と出かけなくてはいけないのか、と頭が痛くなる。
「おや?どこかに行かれるんですか?」
「え…?いや…」
「うん、そうだよ♪ね、日本君約束したよね?」
「…ええ」
 正直行きたくない…。けど一度折れてしまったのだからもうどうしようもない、と判断した私は仕方なく了承の返事をした。結局今回も私はロシアさんに翻弄され、流されて終わったらしい。
 一体いつになったら強い自分になれるのか。この自問を一体何度するはめになるのだろう…。
(うん、いい天気だ)
 昨日は曇っていて寒かったけど、今日は陽も出ているし気温も少しは上がりそうだ。
 朝の陽がやわらかく差し込むエントランスで柱にもたれて約束の時間を待つ。彼は約束を破るのは嫌いだから…どんなに嫌であろうとすっぽかしたりはしないだろう。そう思いながら時計を確認する。
 日本君を待たせないように結構早めに来たのに、彼も余裕をもって行動する性質なのか5分も経たないうちに、こちらに向かって歩いてくる日本君の姿が見えた。
「おはよう、日本君。昨日はよく眠れた?」
 日本君の反応を楽しみにしながら笑顔で声をかける。
「そうですね…。目覚めは悪くないですよ」
(あれ?)
 僕と顔を合わせた彼の反応は予想していたどれとも違っていた。強い意志を持って見据えてくる瞳には僕への恐れはない。かといって怒りや警戒も特には見えない。実質一日も経っていないというのに、この変わりように少し驚いた。
 顔を蒼白にさせて震えていた彼が、恐怖に顔を歪め必死に抵抗していた彼が何故?
 昨夜は、あんなに脅えていたっていうのに…。
 ―ねぇ、あの時約束を破ったこと…やっぱりまだ怒ってる?― 
 この一言で空気が変わる。日本君がハッとしたように息を呑んだ。先ほどまでの気安かった空気とはうってかわり、緊張感が漂い始める。
 真面目に話し合いをしたおかげもあって、日本君と少しは仲良くなれたと思っていたけど、長年の確執からかそう簡単に僕への評価は変わらないらしい。僕は信用ならない、と八つ橋でくるむ気もないのかきっぱりと言い切られた。
 せっかく穏やかないい雰囲気だったけど…まぁ、いいや。
 丁度いいから今思い出させてあげるね。
 君を支配することが出来たのはアメリカ君だけじゃないってことを。
 ほんの一部とはいえ、僕も君を手に入れた勝者の一人だってことをね…。
『ロシア、君は参戦しないのかい?』
『やだなぁ、知ってるくせに。日本君とは不可侵条約結んでるんだよ』
『…ああ、そうだっけ?君が律儀に約束を守るなんて珍しいじゃないか!』
『まぁ、向こうも約束守ってくれてるし、日本君と敵対する理由もないしねぇ』
『理由がない?目の前に格好の獲物がいるっていうのにかい?!そんなの君らしくないんだぞ!』
『…まわりくどいなぁ。僕に協力して欲しいならもう少し可愛くお願いしてごらんよ。そうしたら考えてあげないこともないよ♪』
『HAHAHA☆お願い?俺が君に?何、寝言言ってるんだい?これは取引なんだぞ。君にとっても悪くない話だと思うんだけど』
(ああホント、あの頃からすでに生意気で気に入らなかったなぁ)
 日本君を追い詰める言葉を紡ぎながら、懐かしいやりとりを思い出す。
 可哀想な日本君。本人のあずかり知らぬ所で、勝手に自分の行く末を決められてたなんて彼は知る由もないのだろう。
 …本当に何て哀れなんだろうか。
 ―君だって日本が欲しいんだろう?―
「…おい!アメリカ!!」
 ああ、そういえばもう一人いたんだっけ。どこか憤ったような声に、やっと彼の存在を思い出して視線を向けた。
「うるさいよ、イギリス。俺は今ロシアと話してるんだ。君の意見は聞いてないんだぞ」
 アメリカ君が鬱陶しそうに視線を向けると、それだけで怯んでしまったのかイギリス君が言葉を詰まらせる。
「君さ、いつまで覇権国の気でいるつもりだい?…自分の立場分かってるよね?」
 上から見下ろすように紡がれる言葉。腹の立つことに…今、覇権国に一番近い場所にいるのは彼だ。わざとらしくつかれる溜息にイギリス君が息を呑んだのがわかる。
「俺はさ、今回君達の支援だけのつもりだったのに…君達おっさん連中がふがいないからこんな面倒なことになったんだぞ?!フランスはドイツにこてんぱんに負けてくれるし、君も本土上陸の危機まで追い詰められたんだってね?自分達で宣戦布告しておいてその様は何だい?!ああ、しかも日本には東南アジアの植民地全部取られちゃったそうじゃないか!さすがの大英帝国サマも昔の恋人には甘くなっちゃうのかい?随分と入れ込んでたもんね」 
「…っ、そんなんじゃ…ねぇっ!!」
 返す言葉もない、というように罵倒を受け入れていたイギリス君だったけど、その言葉にだけは反論した。公私混同だと揶揄されてプライドを傷つけられたのかもしれないが、否定したところでたいした意味はないと思う。
「そう、じゃあそれだけ君の力が衰えたってことだね」
 ほらね。そう言うと思った。
 俺の国民は戦争を嫌がってたからさ、世論を説得するのに俺もボスもそりゃあ大変だったんだぞ。君達も中国も絶えず援助を要請してくるせいでどんだけ費用もかかったか!まぁ、でも俺はヒーローだからね!仲間が困っていれば助けてあげるのは当然のことさ!君達は俺がついていないと不安で仕方ないんだよね?
 次から次へまるでマシンガンのようにイギリス君にぶつけられる言葉。
 よくしゃべるなぁ…うるさいったらありゃしない。
 ああ、でもかつて自分が庇護してきた相手にこんなこと言われるなんて、これはかなりの屈辱だね。
 唇を噛みしめ膝の上で握られた拳はかすかに震えている。
「イギリス…もう1度聞くよ?君…自分の立場分かってるよね?」
 温度のない青が、刺すように射抜く。
 ―反対意見は、認めないんだぞ―
「………わかった…っ」
 眉間に皺をよせうなだれる。
 …かつての宗主国が、覇権国が、この若い大国に屈した瞬間だった。
 ああ、でもどうせなら彼は僕が潰したかったなぁ。そして目の前にいるこの生意気な彼も…潰してしまいたい。
「OK!分かればいいよ。ああ、この戦いが終わったあとは君に口出しする気はないし、東南アジアに関しては邪魔しないから安心しなよ!」
 彼の返事を聞いてアメリカ君がようやく満足したように笑った。
「そうそう、話の途中だったね!」
 イギリス君との話はこれで終わりだとばかりに、素早く僕の方へ向き直る。
「ねぇ、この話のるだろ?」
「…そうだね」
 傲慢な笑みを向けてくる彼に負けじと僕も笑みを返した。
「僕の条件を全部呑むならね」
 そうして僕は一方的に条約を破棄し、日本君の一部を手に入れた。
 何故彼がそんなことを持ちかけてきたのか?勝利を確実にするため、なんてのは建前で本当の目的は他にあったんでしょう?
 彼の目的はこの戦いの先。
 日本君を僕に近づけさせないように、わざと遺恨を残させたんでしょう?だってその証拠に彼はこの問題の解決を望んでいない。
前に一度、日本君が妥協する形で終止符を打とうとしたことがある。けど、案の定というか…彼は全力で邪魔してくれた。そしてそのまま…何十年も前のことを和解も出来ずに今まで来てしまっている。
 けれど僕はあの時の選択を後悔はしてない。だってそうしなければ、僕は日本君の心に入り込むことさえ出来なかった。
 アメリカ君だけが日本君に強烈な存在感を植え付け、アメリカ君だけが彼の心も身体も支配する。
 僕に立ち向かってきた時のサムライの魂も剣のように研ぎ澄まされた瞳も失われ、アメリカ君が望む通りの人形になる。そんなのは許せない。
 あいつに一人勝ちはさせない。その為に彼の手の上で踊って上げたんだからね。
「…ねぇ、日本君。あることないこと全て押しつけられて…敗戦国の末路なんてみじめなものだよねぇ」
 その言葉に日本君が目を見開いたのが見えた。可哀想に、額に汗を浮かべ手もカタカタと震えている。
 やはりあの敗戦の記憶は何十年経った今でも彼のトラウマになっているらしい。
 負けてしまうのだ、という恐怖。そして本当の地獄は負けたその後に始まるということを…彼はその身を持って知っている。
 さらに追い詰めて追い詰めて傷つける。日本君の心を僕でいっぱいにする為に。
 今、君の心の中は僕への恐怖で占められているんでしょう?それが心地いい。
 ねぇ、日本君。僕はさっき、国際社会は偽善で出来ているって言ったけど多少の例外があったことも知ってるんだ。それだけ君の存在は大きかったんだよね。
 敗戦後も君のことを気にかけてくれた子達がいる。勝者の言いなりにならず、自分達に出来る精一杯の義理を立ててくれた子達だって確かにいたのに。…でも君は、今その子達のことなんて頭の片隅にもないんでしょう?
 もしもあの時、僕が条約破棄の選択をしなければ、歴史は変わって日本君との関係はもっと違ったものになっていたんだろう。
 でもね、【数多くある友好国の一つ】なんて嫌だ。僕はその程度の存在になり下がるのは嫌なんだよ。
 日本君の元恋人がイギリス君とアメリカ君だって時点で分かる。
 彼は…優しいだけの男になんか絶対に惹かれない。自分を慕うだけの相手に、好意は抱いても恋情を抱くなんてありえない。
 日本君は確かに優しい。お人よしすぎるほどだ。でも…彼は決して聖人君子なんかじゃない。
 仕方なくだとしても黒を白だと言えるくらいの汚さは持っているし、理不尽な行為を見て見ぬふりする薄情さも持ってる。面倒なことを押し付けられてうんざりと溜息をついているのも僕は知ってる。
 それでも君はイギリス君やアメリカ君が良かったんでしょ?心を奪われてたんでしょ?
 そう…日本君の心を支配出来るのは…圧倒的な力を持つ者だけなんだ。
 【ストックホルム症候群】
 生存本能に基づくセルフ?マインドコントロールから、自分を害した相手を理解しようと同調し始める特殊心理。
怒りや憎しみを感じつつも、自分の命を握っているという恐怖心からいいコであろうと相手が望む行動を取るようになる。ほんの小さな優しさにさえ好意的な印象を持つようになる。
 それは…とても恋に似ているという。
 まさしくアメリカ君と日本君の関係じゃないのか?
 力のある者に偽りの恋をする。
 なら別にその相手はアメリカ君じゃなくたっていいじゃないか。
 前に、まだアメリカ君のことが好きか?それともイギリス君とよりを戻すのか?と聞いたことがある。でもそれは両方否定された。
 つまりもうあの二人には、日本君を支配するほどの力が無くなったということじゃないのか。
 ならばこんなに好都合なことはない。今度こそ…僕が日本君を手に入れる。
「日本君、僕のものに…ロシアになっちゃいなよ。そうすれば君が不安に思うようなことは何もなくなるよ」
「っ…やめ…離して…離して下さいっ!」
 その小さな身体を腕の中に閉じ込め、逃げられないように壁に押し付けた。僕に力で勝てるはずもないのに、必死になって腕を突っ張らせる姿に余計に嗜虐心が煽られてしまう。
 抵抗を繰り返す腕を握りこんで壁に押し付けると、シャツの下から細く白い手首がのぞいた。その白く薄い皮膚は少し吸いついただけでも赤い痕がつきそうだ。
「ふふ、細い腕だね。昔、僕に立ち向かってきた時の日本君は一体どこに行っちゃったの?僕あの頃の日本君が一番好きなんだけどなぁ。まぁ、今の日本君もこれはこれで好きだけどね」
 昔、刺すように鋭かった視線は今は微塵も感じられない。それどころか、顔を反らし僕を見ようともしない。僕が一番好きだった強い日本君は、アメリカ君によって別人のように変えられてしまった。それが腹立たしい。
「ホント、今の君は苛めがいがあっていいよ」
 チュッと軽く音を立てて手首に触れるだけのキスをすると、ビクリと身体が跳ねた。
「…っ!!いや…です!!やめて下さい…!」
「ああ、ごめんね。そんなに怖がらないでよ。僕ね、日本君の気持ちは分かるつもりだよ。僕も敵が多いからさ。ホント鬱陶しいったらないよ。また性質の悪いことにグルになって僕を悪者にしようとしてくるから凄く面倒臭いんだよね」
 自分達だって褒められたようなことしてないくせにね。
 自分のことを棚に上げてあれこれ言われるあの理不尽さと鬱陶しさだけは僕もよく分かる。
 けど…そうなってしまった全ての原因は僕が彼との戦いに敗れたこと。
 僕も…君と同じ。次の敗者だからね。
 冷戦終結を彼と宣言した時の記憶は、僕が一番思い出したくない出来ごとかもしれない。
 僕は別に彼に降伏しに行ったわけじゃない。膝をついたわけでもない。ただ冷戦の終わりを宣言しただけだ。
 でもこの時…僕は負けるのだと悟ってしまった。
 日本君に関しての密約を交わした時と同じ、傲慢な笑顔。それに比べて僕は…昔と同じ笑みを見せる余裕などどこにもなかった。
 あの時の彼の勝ち誇った顔は、今も頭から消えることはない。
 僕もイギリス君と同じ…望まずとも彼を名実たる覇権国だと認め、屈することになった忌まわしい記憶。
 そして僕にも…さらなる地獄は負けたその後にやってくる…。
 武力を使った争いではなくとも、やはり負けた代償というものは大きかった。
 …国の崩壊。一緒に暮らしていた家族は次々と出ていき僕は一人ぼっちになった。元々好きで僕といたわけじゃないのだから、それも当然だろう…。 
 国民は物不足にあえぎ、どんどん拡大する貧困。国内紛争に政治腐敗の蔓延。財政危機まで引き起こして国内は混乱状態だ。このままさらに分裂して…僕は消えてなくなってしまうのかもしれない…。そんな絶望にさえかられた酷い時代だった。
 「日本君の気持ちが分かる」その言葉で彼の身体から力が抜けた。反らしていた顔も僕の様子を窺うようにゆっくりと向き直る。それを見て抑え込んでいた手首を放すと、それは重力に逆らうことなくパタリと落とされた。
「日本君、ロシアになっちゃえばもう苦しいことや悲しいことは一切考えなくてすむんだよ。ね?僕の物になりなよ。君は僕が絶対守ってあげる」
 頬に触れそのなめらかな感触を楽しむ。もう僕から目をそらさないように顎を固定して上向かせると、放心したように僕を見つめてきた。
 その黒曜石の瞳には薄らと膜が張り今にも零れおちそうだ。
「今まで辛かったでしょ?可哀そうにね」
 視線を少し下に落とすと、まるで花びらのように形の良い唇が目に入る。無防備に少し開かれた唇は赤くぽってりとしていて酷く欲を誘った。
 まるで花の匂いに誘われる蝶のように顔を近づけると、いとも簡単に鼻の先が触れあう。
「…日本君」
 ずっと…こんな風に日本君に触れてみたかった。
 特定の相手に触れてみたい、こんな欲求が自分にもあったことを不思議に思いながら、このまま唇を奪ってしまおうと顔を傾ける。
「痛っ!」
 唇が触れあいそうになった瞬間、パンッと音が響き左頬に痛みが走る。反射的に頬を抑えてしまったせいで、閉じ込めていた身体を離してしまう。離れていくぬくもりが惜しく、もう一度手を伸ばそうとしたが、それは彼の叫びによって止められてしまった。
「…あなたに同情される覚えはありません。勝手に…私を分かったような気にならないで下さい!!……どこで間違ってしまったのか、一体どうすれば良かったのか…どんなに月日が流れても私は答えが出せないのに…!私自身でさえ自分の心が分からなくなるのに…!!それを、あなたなんかに…あなたなんかに…分かって堪りますか!!!」
 黒曜石の瞳から一筋の涙が零れおちる。その一滴でさえとても美しく感じて思わず見惚れた。もっと見ていたかったけれど、それは彼の手によってすぐに消えてしまう。
 僕を気丈にも見据えてくるが、涙で潤んだ瞳で睨まれてもちっとも怖くない。
 昔に比べれば、迫力に欠ける視線だけれどその姿には昔の面影が感じられる。
「…なぁんだ。まだそんな目が出来るんじゃない。完全に牙を抜かれた訳でもないみたいだね」
 そんな日本君を見られるのはやはり僕だけなのだ。それが嬉しくて気づけば僕は笑みを零していた。
 あの後、彼の上司が迎えに来てしまった為、話はそこで終わりになってしまったけど日本君のいろんな表情も見れたし、明日の約束も取り付けた。
 そのことに十分満足して、用意してもらった部屋への通路を僕は足取り軽く歩いていた。
「随分と機嫌がいいな」
 ふいに後ろから声をかけられた。誰かなんて見なくてもわかる。
「ツァーリの機嫌も悪くないみたいだね」
 振り返れば、やはりいつも通り隙のない出で立ちの上司がいた。彼も今回の会談にはそれなりに満足したのか、底冷えのするような不機嫌オーラも漂ってはいない。
「明日の朝、予定通り日本君と出掛けてくるね」
「執務には遅れるな」
「面倒はおこすなよ」
「大丈夫だよ。僕は僕で上手くやるから安心してよ」
 一歩、近づく。
 そして内緒話をするように彼の耳元に顔を近づけた。
「…彼は、もうすぐ堕ちるよ」
「…大層な自信だな」
「まぁね♪」
 上司に促されて戻る時には、もう興奮状態から冷め日本君の表情は暗く思いつめたものに戻っていた。
 僕の放った言葉は棘のように日本君の心に突き刺さっている。
 今日、彼の心を酷く傷つけた分、明日は彼を喜ばせてあげよう。その段取りはちゃんと出来ている。
「うふふ。明日が楽しみだな」
「…祖国。分かっていると思うが、くだらない恋愛ごっこにのめり込むようなことにはなるなよ」
「分かってるよ。僕がそんなことに本気になるなんてありえないでしょ?」
 そう、僕が欲しいのはあくまで国としての日本君であって、本田菊個人としてはほんのついででしかないんだから…。こんなに心が浮き立っているのにも特に理由なんかないハズだ。
 …何故か、そう自分に言い聞かせている僕がいた。
デート編へ続く
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